残された人の話
アセロがソファで寝落ちた息子をベッドに運んで、その重さにしみじみ大きくなったなぁって思いながら布団かけて、奥さんの笑顔の写真に「僕たちのグラナド君はこんなに大きくなりましたよ、きっともっと成長するんでしょうね。明日もあの子を見守ってあげてくださいねラネテさん」って話しかけて迎えるあたたかい夜と、
引き千切った怪人達の残骸に埋もれて無理な力の行使で骨や腱が歪に曲がった激痛を誤魔化す為に叫びながら血反吐吐きつつ高笑いして、狂化の摩耗で人間だったころの記憶すら薄らいできてとても大切だったのに顔も名前も思い出せなくなった女の歪んだ泣き顔を幻視するアンバルの夜、
同じ女を愛した男なのにここまで違うのは芸術点が高いなとしみじみ思っている。
そもそもアセロ・グラナド親子に残されたラネテの顔は結局のところ幸せそうな笑顔の思い出で、アンバルのそれはず~~~っと絶望や苦痛の最期の顔なんだよね。そこ。
生前のラネテはヒーロー活動を夫には隠していたので、彼の妻として幸せそうに笑う顔ばかりがアセロの思い出。対して琥珀は彼女のヒーロー活動のサポートと脱退の手助けを行った身、夫より彼女の全てに近い立場ではあったけど、辛い戦いに傷つく姿も我が子の為に夢を諦めたい泣き顔も見てきてる。自身が狂う前最後に見たラネテさんの顔が、敗れて消える直前の「嫌だ死にたくないもっと家族と一緒にいたい」って絶望に歪んだ泣き顔だった。それが狂った脳に強くインプットされちゃってる。アンバルの思い出の中のラネテさんはいつも泣いてるのはそのせい。
そういった顔をアセロは見たことがないの、ある意味残された者への救いかもしれないから、ラネテさんはそこまで考えて正体や弱さを一番に愛した人には隠したんじゃないかな~とも思っている。もし自分が死んでしまった時に綺麗な死体の代わりを用意させてたのもそう。とても危険なことをしているから、せめて愛した人が自分の死後前を向けるように綺麗な思い出を残したかった。好きな人に綺麗な笑顔を覚えてて欲しい乙女心でもあったわね。ヒーローとして母としてとても強かったけど、恋する少女の弱さもあった。
しかし一貫してそこに琥珀の場所はない、蚊帳の外。
これは歪に蘇ったラネテ、ブレイズとの最期でもそうなんだよ。
結局のところブレイズを再度粒子に還したのはハイドロビーツで、消滅に向かう僅かな時に蘇ったラネテの意志がその腕で抱きしめ笑いかけたのは息子であるグラナド。アンバルはその場にすら立たなかった。
ハイドロビーツことアンバルは、自身の刀で貫かれ古代怪人が作った偽りの怨嗟と苦痛の表情しか受け取らずに彼女を見送り、グラナドは写真でしか見たことのない母親の「愛している」の泣き笑いとぬくもりを得て思い出を上書きした。そういう感じ。本当の意味でのラネテの死に顔、グレンの時もブレイズの時もアンバルしか見てないだな…マイナスな表情だから……と考えると逆に味わい深いものもあるわね。
これは親の勝手な推測でしかないんだけど、多分この辺のあれこれにもこれまで丁寧に何度も言ってきたアンバルの自己評価の低さが関係してるんじゃないかな。多分アンバルと言うか琥珀は、ラネテが一生幸せに笑っていて欲しいしそのためにどれだけでも己を犠牲にするけど、その犠牲に気づいて表情を曇らせることも、本当の笑顔を自分に向けることも良しとできなかった。日系恋愛観の秘める恋故の奥ゆかしさとは聞こえがいいけど、根底にあるのは自己評価だよ。自分のような人間に笑顔を見せなくていいって気持ち。
これはなんていうか、分かりやすい自虐でもない感じの感情で、他に愛する男性がいる人妻への横恋慕って道ならぬ恋心を抱いてしまい、それが彼女の幸せを阻害する物だというのに己のエゴで捨てられなかった、そんな自分の感情が申し訳なく汚い物に思えてしまったが故に、俺の前で綺麗に笑わないでってなってたのかもしれない。綺麗な物は彼女が愛した綺麗な関係だけに向けて欲しい、そこで幸せならいい。そんなん。
そういう考えに至ってしまう価値観が日本人的かつ幼少から個を殺された工作員としての精神性って感じがするわね。ラネテさんが大好きで大切で眩しくて、だからこそ彼女が情を向ける場所に汚い自分を置きたくなかったのかもしれない。健全な青年の恋情だから、恋を自覚したときに彼女に触れたいって性欲込みの欲望だってもちろん持ってはいた(それより幸せになって欲しい献身欲が強かったけど)けど、その手の欲望を抱いてしまったこと時点で琥珀にとって物凄く汚らわしいことのように感じたのかも。20歳そこらの青臭さと潔癖が混在した恋情だからね。
しかし代わりに彼女が隠したがった負の感情を全て受け止めておきたがったのは、献身でもあるし恋心による歪んだ独占欲もある。確かに恋だった(お題サイト)んだよ彼の思いだって。秘密の共有と一方的な死によって歪んでしまったけど、発端は純粋な恋だったんだ。でもアンバルの恋情、基本的に後ろ向きで奉仕前提なんだよな~。
割と彼について考えるのが好きなんだけど、こう、傍若無人で身勝手な男の自己評価が実は底辺ってとこは実に旨味があって楽しい。
こう考えるとブレイズ戦の後もそそくさと飛び去ったの、ラネテを殺した古代怪人と同等になってたくさんの命を奪い、そもそもラネテを助けられずアセロとグラナドからラネテを、逆に想い人から夫と息子を奪った己は穢れきった存在であり、大好きなラネテさんの最期に見るものとしてふさわしくないって気持ちがあったのかもなぁ。狂化された感情でそこまで考えてないだろうけど、無意識と根底の琥珀の意識が。
ラネテさんだってバカじゃない、辛い役割ばかり担わせてしまった、ブレイズだった自分を解放してくれた琥珀君(弟分)を案じる気持ちだってあるはず。でも彼がいつも姿を消すから目線で探す前にタイムアップしてしまうんだ。悪循環だよね。もうちょっとアンバルは世界が自分に優しかったってことを思い出して欲しかったな。
んで、この父子と母と横恋慕男の感情の対比、多分本人たちはどこかに気づいてないしそれが人間関係ってもんだと思うんだけど、15年前の出来事から事情だけ知ってて、かつ他人の第三者目線で俯瞰で見ているオルミゴンだけは各位の足りなさ、辛さ、絡まった箇所が分かるんだよな。
なんか、こう、アンバルのあまりにも自罰的で損な関わり方に、お前が少しでも楽になるなら横にいるからって気持ちにはなってしまうと思う。実際ブレイズ消滅後に立ち去ったアンバルを探してお前は平気なのかって案じたのはトレーオだけだったし。共犯の形が少しずつ変わっていくきっかけの一つだと思う。ブレイズ戦。畳む